養育費や婚姻費用の算定と失職した当事者の収入
養育費や婚姻費用(養育費も婚姻費用も考え方は同じです。以下では,養育費として話をすすめます。)は,権利者,義務者の双方の収入を基にして算出されます。それでは,一方当事者が,失職していている場合,養育費をどのように算定するのでしょうか(なお,一度,養育費・婚姻費用が決定された後でも,当事者の一方が失職した場合には,増額減額等の余地があります。この点については,「養育費や婚姻費用の増額・減額の請求について」をご参照ください)。
この点に関しては二つの異なる考え方があります。
一つ目は,現に当事者が得ている実収入で計算すべきとする考え方です。失業保険を受給しながら就職活動をしているような場合には,当該失業保険の金額を収入として算定すべきということになります。
二つ目は,潜在的な稼働能力に基づき認定するという方法です。仮に,失職して収入が減少していたとしても,「本来であれば〇〇円稼げる筈だ!」と認定して,当該金額を基準として算定するという考え方です。潜在的稼働能力に基づく収入金額は,賃金センサス等を使用することが多いかと思います(「賃金センサス」とは,厚生労働省が昭和23年より毎年実施している「賃金構造基本統計調査」の結果をまとめたものです。この調査では,事業所が属する地域,企業の規模別に,雇用形態,就業形態,職種,性別,年齢,学歴などの労働者の属性別に見た賃金の実態が記載されたものです。)。
実務上は,上記二つの考え方を併用しているのが実情かと思います。
東京高等裁判所平成28年1月19日決定(平成27年(ラ)第2305号)は,養育費の算定にあたり失職した義務者の収入の考え方の基準を示しています。
当該決定は,まず,原則として上記一つ目の考え方を採用すると指摘しています。すなわち,「養育費は,当事者が現に得ている実収入に基づき算定するのが原則」であると指摘しています。
ただし,二つ目の考え方も採用できる場合があると指摘しています。すなわち,上記決定は,「義務者が無職であったり,低額の収入しか得ていないときは,就労が制限される客観的,合理的事情がないのに単に労働意欲を欠いているなどの主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず,そのことが養育費の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される場合に初めて,義務者が本来の稼働能力(潜在的稼働能力)を発揮したら得られるであろう収入を諸般の事情から推認し,これを養育費算定の基礎とすることが許されるというべきである」と指摘しています。
要するに,上記決定は,「本来の稼働能力を発揮しておらず,そのことが養育費の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される場合」に二つ目の考え方を採用できるとしているのです。もっとも,このような場合に該当するのかは,事案の中で様々な事情を考慮して決定する以外にありません。
少なくとも,以下の事情は考慮されるものになるかと思います。
➀ 失職した経緯・理由
失職した理由が,病気,怪我等が原因であれば,直ちに,再就職することは困難であると評価され,賃金センサス等を利用した推定計算を否定する材料の一つになります。一方,特に,理由もなく自主退職したのであれば,再就職が容易であるとして,賃金センサスを使用したり,場合によっては,退職前の収入で計算することもあります。
② 失職した当事者の年齢,職歴,技能(資格等)
失職した当時,年齢が高かったり,特に資格等を有していなければ,再就職が困難であると評価され.賃金センサス等を利用した推定計算を否定する材料の一つになるかと思います。
③ 退職直前の収入
④ 失職してから経過した時間の長短
失職して時間が経過すればするほど,再就職の可能性が高まりますので,推定計算を肯定する材料の一つになるかと思います。
⑤ 失職してからの就職活動の具体的内容とその結果(求人状況等も含む。)
上記決定では,考慮要素として,「抗告人の退職理由,退職直前の収入,就職活動の具体的内容とその結果,求人状況,抗告人の職歴等の諸事情」等を掲げています。
例えば,失職してすぐの時点では,雇用保険の収入だけで計算することができるとしつつ,一定期間経過後は潜在的稼働能力で計算することができるとされるような場合もあるかと思います。実際に,上記決定においても,「少なくとも,抗告人が平成27年×月に失職した直後から従前の収入と同程度の収入が得られたはずであるとの原審の認定判断は・・・是認できないものである」と認定しています。
★養育費等に関する説明は以下もご参照ください。
養育費について