全件送致主義~少年事件では示談をしても裁判所に送られる?~
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1 全件送致主義と起訴便宜主義
少年事件の大きな特徴の一つとして「全件送致主義」という原則が採用されていることがあげられます。
少年事件では,捜査機関は,一定の嫌疑がある限り,原則としてすべての事件を家庭裁判所に送致しなければなりません。これを「全件送致主義」といいます。要するに,被害金額が少ない事件,示談ができた事件であっても,原則として,家庭裁判所に送致をされるのです(捜査機関により,嫌疑がないということであれば,家庭裁判所に送致されずに終了することになります。)。
これに対して,成人の刑事事件では,起訴便宜主義が採用されています。これは,捜査機関が,被疑者の性格や年齢、犯罪の軽重や情状を考慮し,起訴するか否か,要するに,裁判等をするかを判断するという原則です。
例えば,成人男性が痴漢をした場合,被害者と示談が成立すれば,不起訴処分となり,裁判にならずに終わることが多いです。一方,少年が痴漢をした場合,被害者と示談が成立したとしても,検察官は,家庭裁判所に事件を送致します。
少年事件の場合,「示談はあまり意味がないのですか?」ということを聞かれることがありますが,成人男性だと不起訴になるのに,少年だと家裁送致になるというケースがあるということは事実です。
全件送致主義を定める少年法の条文は以下のとおりです。
(司法警察員の送致)
第四十一条 司法警察員は,少年の被疑事件について捜査を遂げた結果,罰金以下の刑にあたる犯罪の嫌疑があるものと思料するときは,これを家庭裁判所に送致しなければならない。犯罪の嫌疑がない場合でも,家庭裁判所の審判に付すべき事由があると思料するときは,同様である。
(検察官の送致)
第四十二条 検察官は,少年の被疑事件について捜査を遂げた結果,犯罪の嫌疑があるものと思料するときは,第四十五条第五号本文に規定する場合を除いて,これを家庭裁判所に送致しなければならない。犯罪の嫌疑がない場合でも,家庭裁判所の審判に付すべき事由があると思料するときは,同様である。
2 なぜ,全件送致主義が採用されているのか?
少年法は少年に甘いということをいう人が多いのですが,全件送致主義と起訴便宜主義を比べると単純にそのように割り切ることができないことが分かります。
それでは,なぜ,一見すると,少年に厳しいように見える,全件送致主義が採用されているのでしょうか。それは,端的にいうと,少年法が少年の健全育成を目的としているからということになります。
この点については,少年法[川出敏裕]3頁の説明が分かりやすいので,そのまま引用します。
「事件の客観的な側面だけをみるかぎり,軽微なものであっても,それが少年の深い犯罪性の表れであるかもしれず,それをよく調査したうえで,その少年にとって最も適切な措置を行う必要があること,そして,その調査と判断を行うのに適した期間は,そのためのスタッフを備えた家庭裁判所であって捜査機関ではないとい考え方に基づいているのである。」
例えば,上の例で,少年が痴漢の被害者と示談をすることができたからといって,少年に問題がないということを示しているわけではありません。もしかしたら,少年は,資質,生活環境等に重大な問題を抱えているかもしれません。しかも,少年について,そのような問題点が解消されなければ,今後も,同じように痴漢をしてしまう可能性があるかもしれません。捜査機関は,捜査のプロフェッショナルであっても,そのような少年の資質,環境等について,調査,判断するプロフェッショナルではありません。そこで,そのような少年の問題性を調査,判断するスタッフを備えた家庭裁判所に判断をさせることが適切であるということで,全件送致主義が採用されています。
3 全件送致主義に例外はあるのか
全件送致主義の唯一の例外が,交通反則通告制度の対象となる,軽微な道路交通法違反事件です。この制度が利用される場合には,少年であっても,反則金を支払えば,家庭裁判所に事件が送致されることなく,警察段階で手続が打ち切られることになっています(道路交通法130条)。
4 簡易送致って何?
また,捜査機関が,家庭裁判所に送致する際に,簡易送致という特別な送致の方式がとられることがあります。簡易送致とはあくまでも送致の方式の一つで,当該方式によっても,捜査機関が家庭裁判所に送致すること自体にかわりはありません。ですので,全件送致主義の例外ではありません。ただ,実質的にみると,全件送致主義の例外に近いのではないかと思えることもあります。
簡易送致の要件は以下のとおりです。
① 犯罪事実が軽微
② 犯罪の原因,動機,少年の性格,行状,家庭の状況・環境等から,再犯のおそれがないこと
③ 刑事処分または保護処分を行う必要がないと明らかに認められること
④ 窃盗,詐欺,横領及び盗品等に関する罪,または長期3年以下の懲役若しくは禁固,罰金,拘留または科料にあたる罪の事件であること
⑤ 被害の程度としては,被害額または盗品等の価額の総額がおおむね1万円以下のもの,その他法益侵害の程度が極めて軽微なものであること
⑥ 犯行に凶器を使用したものでないこと,被疑事実が複数あるものでないこと,かつて飛行を犯し,過去2年以内に家庭裁判所に送致または通告されたものでないこと,被疑事実を否認していないこと,告訴・告発に係るものでないこと,被疑者を逮捕したものでないこと,権利者に返還できない証拠物がないこと
長期3年以下の懲役の罪の事件はなかなかないように思いますので,実際には窃盗等の財産事件でよく使われているように思います。要するに,簡易送致とは,犯罪事実が軽微で,少年に処分を下す必要がないことが明らかな場合にとることのできる制度です。
簡易送致の方式で事件が送致された場合,家庭裁判所は,事件の記録に基づいて,簡易送致の形式的な基準に適合しているかどうか,刑事処分又は保護処分を必要としないと明らかに認められるかを判断して,それに合致していれば,それ以上の調査等をすることなく,審判不開始決定をすることになります。
簡易送致の方式で送致がされた場合でも,裁判所が,通常の事件と同様に調査,審判をする必要があると認められた場合には,調査命令を出したり,また,審判開始決定をしたりすることも可能です。ただ,実際に,調査,審判がなされることは少ないので,家庭裁判所の判断は形式的なものにとどまるという見方もできます。そうすると,実質的には,全件送致主義の例外に近いものと考えることもできるのです。実務的には,少年事件のうち30%くらいは簡易送致で処理をされているといわれており,全件送致主義の高い理想から外れていないかという問題はあると思います。ただ,現実問題として重要な事件に裁判所の限られた資源を投入することを可能とするためには意義のある制度なのかもしれません。
★以下では,品川総合法律事務所の少年事件の処理方針等を説明しています。
少年事件に強い弁護士