死亡危急時遺言について

2014-04-02

1 死亡危急時遺言とは,死期が迫り署名押印ができない遺言者が口頭で遺言の内容を証人に伝え,証人がそれを書面化する方式により作成する遺言のことをいいます(民法976条)。

自筆証書遺言は,遺言者が全文,日付及び氏名を自書して,押印する必要があります。そこで,遺言者の死期が迫って,署名押印することができない場合には,自筆証書遺言を作成することができません。死亡危急時遺言は,遺言者が,死期が迫って,署名押印をすることができない場合であっても,一定の要件を満たせば作成することができる遺言です。

このような遺言を作成する機会は多くはありませんが,私は,この方式による遺言を作成し,遺言者の意思に沿った財産の承継を行うことができた事例を扱ったことがあります。以下では,死亡危急時遺言の概要や私らが取り扱った事例について解説します。

2 死亡危急時遺言の要件は,①証人3人以上の立会いをもって,その一人に遺言の趣旨を口授すること,②口授を受けた証人がその内容を筆記すること,③遺言者及び他の証人に読み聞かせまたは閲覧させること,④各証人がその筆記の正確なことを承認したのち,これに署名押印することです。

そして,以上の方式でなされた遺言は,遺言の日から20日以内に証人の一人または利害関係人から請求をして家庭裁判所の確認を得るという手続を行う必要があり,これをしなければ遺言の効力が失われます。この手続きは,遺言が遺言者の真意に出たものかを判断する手続になります。死亡危急時遺言は,簡易な方式で作成される遺言ですので,遺言者の真意に合致するか判断する手続が必要となるのです。そこで,遺言者の真意に反することが明らかな遺言を排除する趣旨で,裁判所の確認の審判を得るという手続が必要になっています。

なお,裁判所の確認の審判を経ても,上記①ないし④の方式に違反する遺言であることが確定するわけではありませんので,方式に違反することを理由として,遺言が無効であることの確認を求める訴訟を提起して争うことは可能です。

医師の立会いは要件とされておらず,医師の立会いがなくても,直ちに遺言が無効となるものではありませんが,遺言者の死期が迫っており,意思確認が困難なときに作成する遺言書になりますので,できる限り,医師が立ち会うよう配慮した方がよいと思われます。

3 私が取り扱った事例では,遺言者(Aさん)は,配偶者や子がおらず,それまでAさんの面倒を見ていた甥(Bさん)に対し,全財産を譲渡したいとの希望を持っておりました。Aさんは,体調を崩して入院することになったため,Bさんに対し,全財産の管理を依頼するとともに,自分が死亡した場合には,全財産を譲渡することを伝えました。

AさんとBさんは,このような財産管理や財産の譲渡について明確にするために,財産管理契約書,任意後見契約書,公正証書遺言を作成すべきであると考え,私らに,これらの書面の作成を依頼しました。

その後,私らは,Aさんに会って打合せをするために,Aさんの入院している病院を訪問しましたが,病院関係者から,Aさんの容体が急激に悪化し,今日あるいは明日が山であるという説明を受けました。前日,Aさんは,見舞いに来た同級生二名との歓談を楽しんでおり,Aさんの体調が順調に回復していると聞いていましたので,Aさんの容体が急変したことは,私らにとっても,Bさんにとっても,まさに青天の霹靂でした。

病院関係者から事情を聴取したところ,私らは,Aさんの意識ははっきりしているものの,とても署名や押印をすることができる状態ではないことが分かりました。また,私らとしては,公正証書遺言を作成するような時間的な余裕がないと考えました。一方,BさんはAさんの甥であり,相続権がないため,このままだとAさんが望むBさんへの財産の承継が実現しないことになります。

そこで,私らは,死亡危急時遺言の制度を利用することにして,一度事務所に帰って,必要書類の作成,証人,立会人の手配等の準備をしたうえで,再度,病院を訪問し,危急時遺言の作成にとりかかりました。

Aさんは,意識こそはっきりしていたものの,筆記,押印は不可能でした。私らが,Aさんに話かけたところ,ゆっくり時間をかけて話をすれば,Aさんとの意思疎通が可能な状態でしたので,何とか,死亡危急時遺言を作成することができました。

Aさんは,1日後に亡くなりました。その後,私らは,作成した死亡危急時遺言についての確認の審判の申し立てをおこない,確認の審判を得ることができました。その後,遺言の内容にしたがい,また,Aさんの意向どおり,BさんがAさんの財産の全部を取得することができました。

Copyright(c) 2014 品川総合法律事務所 All Rights Reserved.
【対応エリア】東京・神奈川・埼玉・千葉